
【完全保存版】“SUVを嫌った”フェラーリが方針転換した理由。プロサングエに込めたV12の贖罪
フェラーリはなぜ“嫌っていたはずのSUV”を作ったのか。プロサングエは市場迎合ではなく、4RM(PTU)とトランスアクスル、TASV制御、そしてV12で『SUVに見える別物』を成立させた転換点だった。
SUVに見えるのに、別物として語られる理由。フェラーリが“純血”の定義を書き換えた瞬間を追う。
IN THIS STORY
目次
VIEWMINI▾
IN THIS STORY
目次
CHAPTER 01
序章:マラネロの裏切りか、必然か
『SUVは作らない』という不文律が崩れた日。プロサングエは“迎合”ではなく『別物』として成立する条件を揃えて登場した。
「フェラーリがSUVを作る? あり得ない」 この空気は、長らくマラネロの“常識”だった。 背が高く、重く、日常の都合で選ばれるSUVは、フェラーリが掲げる「速さと美学」の対極にある。 少なくとも、そう信じられてきた。
実際、当時フェラーリを率いたルカ・ディ・モンテゼーモロは、SUVや4ドアを作らないという趣旨を公言していた。 結果として、社内外には長く“禁忌”の空気が残った。 創業以来、マラネロの門をくぐってよいのは、地を這うように低いスポーツカーか、サーキットを駆けるレーシングカーだけ。 背の高いSUVは、エンツォの美学に泥を塗る──そんな「不文律」があった。
だが2022年、その“決してあり得ない未来”が現実になる。 フェラーリ・プロサングエ(Purosangue)。 4ドア4人乗り、そして誰が見てもSUVのシルエットを持つ巨体。 発表の瞬間、世界中のティフォシは囁いた。 「フェラーリは魂を売った」「金のためにプライドを捨てた」と。
確かに、ポルシェがカイエンで財務体質を立て直し、ランボルギーニがウルスで“普段使いできるスーパーカー”を商業的に成立させた後、フェラーリだけがその潮流を無視し続けるのは、上場企業としても簡単ではない。 しかし、プロサングエは単なる迎合では終わらなかった。
フェラーリはこの“異端児”に、もっとも神聖で、もっとも非効率な心臓を与えた。 6.5リッター V型12気筒 自然吸気。 電動化と過給が合理になった時代に、わざわざ“理屈に合わない”選択をした。 この一手が示していたのは、「形は変わっても血は薄めない」という宣言だ。
ここで要約:プロサングエは「何が違う」のか(3点)
- 骨格:V12フロントミッド+リアトランスアクスルという“スポーツカーのレイアウト思想”を守る
- バランス:前にPTUを置く独自4×4で、前後49:51という重量配分を成立させる
- 制御:TASVのアクティブサスペンションで、姿勢変化(ロール等)を“制御の領域”に引き寄せる
この3点が揃うから、プロサングエは「SUVに見えるのに、別物として語られる」。 このHERITAGEは、その“別物”が成立した背景を、ブランド史と技術史の両方から解剖する。
CHAPTER 02
第1章:エンツォのジレンマと、幻の4ドア「Pinin」
2+2や4座モデルの歴史はあった。だが4ドアは一線だった。『ピニン』が示した“未踏の線”が、後にプロサングエへ繋がる。
フェラーリと「実用性」の関係は、常に複雑で、矛盾に満ちていた。 創業者エンツォ・フェラーリにとって、市販車はあくまで「スクーデリア・フェラーリ(レース活動)」を続けるための資金源に過ぎない。 極端に言えば、勝てるエンジンさえ載っていれば、顧客の快適装備など二の次だった。
しかし現実は非情だ。 純粋なレーシングカーに近いモデルだけでは、経営は成り立たない。 富裕層のパトロンは、サーキットの速さだけでなく、オペラハウスへ妻をエスコートし、週末に別荘へ向かうための「優雅なフェラーリ」も求めた。 レースを続けるためには金を稼ぐ必要がある。 金を稼ぐためには、実用性(2+2や荷室)を受け入れなければならない。
■ 2+2の亡霊たち
歴史の表舞台にはあまり出てこないが、フェラーリは1960年の「250 GTE 2+2」以来、常に4人乗りモデルをラインナップのどこかに置いてきた。 330 GT 2+2、365 GT4 2+2、400i、456 GT──。 これらはしばしば「真のフェラーリではない」と囁かれながらも、実は“フェラーリの現実”を支えてきたモデルでもある。
だが、それでもフェラーリには決して越えてはならない「一線」があった。 それが、「4ドアを作らない」という不文律だ。
■ 1980年、ピニンファリーナが描いた“禁断の正解”
1980年、ピニンファリーナの創業50周年を記念して、「フェラーリ・ピニン」という美しい4ドアセダンのコンセプトが生まれた。 フェラーリの血を感じさせるプロポーションを、4ドアという“形式”に落とし込む。 もしこれが市販化されていたなら、プロサングエより先にフェラーリは「実用の扉」を開いていたことになる。
だが最終的に、市販化のGOサインは出なかった。 フェラーリはセダンを作らない。 この不文律は、単なる保守ではなく、ブランドの輪郭そのものを守るための結界だった。
CHAPTER 03
第2章:陥落したガレージ:「カイエン・ショック」の衝撃
スポーツカーブランドがSUVで成功し、富裕層の“普段”が塗り替わった。フェラーリは顧客の時間を取り戻す必要があった。
その結界が揺らぎ始めたのは、21世紀に入ってからだ。 2002年、スポーツカーメーカーの常識を壊した存在が現れる。 ポルシェ・カイエンである。 「スポーツカーメーカーがSUVを作るなど正気か」という批判をよそに、カイエンは爆発的に売れた。 そしてその利益は、ポルシェの研究開発と商品攻勢を加速させる。
続いてベントレーがベンテイガを、ランボルギーニがウルスを、ロールス・ロイスがカリナンを投入する。 高級SUVは“金になる”だけではなく、富裕層のライフスタイルの中心に座り始めた。
■ 奪われた「日常」
このときマラネロで起きていたのは、単なる市場トレンドへの焦りではない。 フェラーリの顧客のガレージの光景が変わってしまったのだ。
彼らは488や812を所有し、心から愛している。 だが、月曜日の朝に仕事へ向かうために乗るのはフェラーリではない。 メルセデスGクラスか、レンジローバーか、あるいは宿敵ランボルギーニのウルス──。 つまり「フェラーリ・オーナーの人生の半分が、他社の車に奪われている」。
フェラーリは“夢”を売るブランドだ。 夢が最も長い時間を過ごす「日常」を占領されている状況は、ブランドにとって屈辱に近い。 そして上場以降、持続的な成長を説明し続ける責任が増えたことで、「作らない」という選択肢のコストも上がっていった。
だが、ここで重要なのは──フェラーリが欲しかったのは「SUVの売上」だけではないということだ。 欲しかったのは、奪われた日常の奪還。 言い換えれば「フェラーリの時間」を増やすことだった。
CHAPTER 04
第3章:ミッシングリンク:「SUVに必要な4WD」をフェラーリの走りに翻訳する
重く背の高いSUVで『フェラーリらしさ』を守るには、四輪駆動の常識を捨てる必要があった。鍵はPTUと4RM。
SUVを成立させるには、ほぼ例外なく4WD(四輪駆動)が必要になる。 しかし一般的な4WDシステムは重い。 プロペラシャフトやトランスファーを追加すれば、床下は膨らみ、エンジン搭載位置は上がり、重心も上がる。 それはフェラーリの走り──特に“回頭性”と“鼻先の軽さ”を殺す。
フェラーリがSUVを嫌っていた最大の理由は、実はここにある。 「背が高い」ことそのものよりも、背が高い車を成立させるために必要な“部品と妥協”が、フェラーリをフェラーリでなくすからだ。
■ FFが発明した変態的4WD「4RM」
このジレンマを解くために、フェラーリは2011年「FF」というシューティングブレークで、ある奇妙な特許技術を実用化した。 それが4RM(4 Ruote Motrici)だ。
通常の4WDは、エンジン後方のトランスミッションからプロペラシャフトを前方へ伸ばして前輪を駆動する。 だがフェラーリは、もっと“フェラーリらしい”解を選ぶ。
エンジン後方には後輪用の巨大なトランスミッション(トランスアクスル)を置く。 そしてエンジン前方には前輪専用の小さなギアボックス(PTU:パワートランスファーユニット)を直結する。
前と後ろで、別々の変速機を持つ。 プロペラシャフトを捨て、エンジンを低く積み、前後の重量配分を崩さないための狂気の発想だ。
FFの4RMは、前輪を“常に”駆動するのではない。 必要な瞬間だけ、限られたギア比で前輪を助ける。 高速域では前輪への接続を切り、純粋なFRのフィーリングを守る。 「4WDでありながら、FRの気配を残す」ための設計思想だった。
この思想が熟成され、プロサングエへ繋がる。 SUVに必要な四輪駆動を、フェラーリの走りへ翻訳するための“前提条件”が、10年以上前から準備されていたのだ。
CHAPTER 05
第4章:パッケージングの逆説:「SUV」と呼ばせないための物理学
ミッドフロント+リアトランスアクスル、重量配分49:51。『SUVの形』を取りながら、骨格はスポーツカーに寄せた。
2018年、プロジェクトコード「F175」(のちのプロサングエ)が公表される。 開発チームに課せられたミッションは、矛盾だらけだった。
「広い室内空間を作れ。 乗り降りしやすくしろ。 だが重心は低くしろ。 ホイールベースは伸ばすな。 そして何より、スポーツカーとして走らせろ」
■ トランスアクスルの死守
多くの高性能SUVは、エンジンと変速機をフロントにまとめて配置する(あるいは既存プラットフォームを流用する)。 合理的で、量産向きで、だが“フェラーリの文法”からは離れやすい。
プロサングエはここで妥協しなかった。 専用のアルミスペースフレームを採用し、V12をキャビンに食い込むほど後方へ押し込み(フロントミッドシップ)、変速機は車体後方のデファレンシャルと一体化(リアトランスアクスル)させる。 それは812やローマにも通じる、フェラーリの“基本文法”そのものだ。
結果として、SUVとしては異例の前後重量配分(49: 51)へ辿り着く。 実用車は通常フロントが重くなる。 だがフェラーリは、限界領域での回頭性を優先し、リアを重くした。
■ 「ウェルカムドア」の真実
そして、あの観音開き(リアヒンジ)のリアドア。 フェラーリはこれを“ウェルカムドア”と呼ぶ。 だが、これはショー要素だけのギミックではない。
通常のヒンジドアで後席アクセスを確保しようとすれば、ホイールベースを延ばしたくなる。 しかしホイールベースが伸びれば、フェラーリの命である「俊敏さ」は鈍る。 そこでリアドアを後ろヒンジにし、大きな開口角を持たせることで、ホイールベースをスポーツカーの範囲に留めたまま乗降性を確保した。
デザインではなく、物理の解決策。 “実用性”と“運動性能”という相反を、強引に同居させるための構造だった。
CHAPTER 06
第5章:思想の封印を解いた魔法「TASV」
背の高さが生むロールという“物理の壁”を、アクティブ制御でねじ伏せる。SUVを“走らせる”ための最後の鍵がここにある。
レイアウトでスポーツカーに近づけても、SUVには最後の壁が残る。 それが「高い重心」と「ロール(車体の傾き)」だ。
背が高い車はコーナーで傾く。 傾きを抑えるためにサスペンションを固めれば、乗り心地は壊れる。 乗り心地を良くすれば、フェラーリの切れ味は消える。 このトレードオフは、ある意味で物理法則の壁だった。
だがプロサングエには秘密兵器がある。 マルチマチック社製のアクティブサスペンション「TASV(True Active Spool Valve)」だ。
■ アンチロールバーを外す、という異常
TASVは、4本のダンパーそれぞれに48Vの電動アクチュエータを組み込み、路面状況やドライバー入力に合わせて、車体姿勢を“能動的に”作る。 従来のダンパーが「バネの動きを抑える部品」だとすれば、TASVは「車体を動かして姿勢を作る部品」だ。
コーナー進入の瞬間、外側を押し縮め、内側を伸ばす。 そうすることで、ロールそのものを小さくし、背の高さの不利を“制御”へ引き寄せる。 この思想の極北が、アンチロールバー(スタビライザー)の撤去だ。
低速域ではロールバーがないぶん、しなやかに路面をいなす。 高速域では、電気が鋼鉄の棒のように踏ん張り、スーパーカーに近いフラットさを作る。
技術が思想に追いついた。 プロサングエが“禁忌を破れる状態”になった最大の条件は、この種の制御技術が現実の量産へ降りてきたことだった。
CHAPTER 07
第6章:V12という名の「贖罪」
効率ではなく、説得力のためのV12。批判を黙らせるには、フェラーリが最も神聖とする心臓が必要だった。
パッケージングと制御で「走りの言い訳」は立った。 だが、それだけでは足りない。 フェラーリがSUVを作ったという事実が、古参ファンの怒りと失望を呼ぶのは避けられない。 その反発を鎮めるには、理屈ではなく“象徴”が必要だった。
そこでフェラーリが選んだ象徴が、V12自然吸気だ。
■ 最も非効率で、最も神聖な心臓
SUVのような重量級には、本来低回転からトルクを出せるV8ターボの方が合理的だ。 規制が厳しくなる現代に、巨大な自然吸気V12を維持するのは、効率だけを見れば逆行に近い。
しかしフェラーリは、あえて6.5リッターV12を載せた。 高回転まで突き抜けるレスポンスは、125 Sから続く“フェラーリの血”そのものだ。
この選択は、迎合への贖罪でもある。 「形は変わったかもしれない。 だが心臓を見ろ。 これは紛れもなくフェラーリだ」 そう言い切るための、最も暴力的で、最も説得力のある手段だった。
CHAPTER 08
終章:「Purosangue(純血)」という名前が、皮肉ではなくなる瞬間
“純血”は皮肉ではなく宣言だった。形を変えても血を薄めないために、フェラーリは最も困難な方法を選んだ。
Purosangue(プロサングエ)。 イタリア語で“サラブレッド(純血)”を意味するこの名前は、発表当初、皮肉として受け取られがちだった。 「どこが純血なのか。 これは雑種(クロスオーバー)ではないか」と。
だが、中身を追うほど、この名前は別の重みを帯びる。 他社プラットフォームを流用せず、専用フレームを起こしたこと。 SUVでありながら、フロントミッド+リアトランスアクスルという文法を死守したこと。 PTUという異端の4×4で、重量配分と走りの気配を守ったこと。 そして、絶滅に瀕したV12自然吸気を、この時代に解き放ったこと。
もしフェラーリが安易に既存の構造へV8ターボを積み、「フェラーリSUV」として売っていたら、それは確かに“堕落”だっただろう。 しかし彼らは、最も困難で、最もコストのかかる方法で、物理法則と市場の矛盾に立ち向かった。
プロサングエは、フェラーリの裏切りではない。 それは、生き残るために形を変えながらも、血の濃さだけは薄めなかったマラネロの執念だ。
競合がまだ「同じ問い」に同じ深さで答え切れていない。 だからこそ、背景と理屈を物語として提示できれば、クリックは生まれる。
このHERITAGEは、その入口だ。 次の比較GUIDEでは、ここで整理した3点(骨格/バランス/制御)を物差しに、他のハイエンドSUVと並べて“違いが説明できる状態”へ持ち込む。
CHAPTER 09
補足:プロサングエをSUVとして誤解すると、読み違える
プロサングエは、フェラーリ自身がSUVという呼び方を避け、4ドア4シーターとして説明している。 ここを押さえると、技術の選択が理解しやすくなる。
誤解されやすいポイント(3つ)
- 4WDは常時ではなく、必要な場面で前輪を助ける思想(スポーツカーの気配を残すため)
- スタビライザーに頼らず、アクティブダンパーで姿勢を作る(乗り心地とロールを両立するため)
- オフロード性能の競争ではなく、舗装路での速さと安心感を最優先している
この車が示した現実
- 高級スポーツブランドがSUVに入るかどうかではなく、どんな文法で入るかが勝負になった
- 専用設計と大排気量の自然吸気はコストがかかるが、ブランドの核を説明する材料になる
プロサングエは、SUVという形の中でフェラーリの文法を崩さないために無理をしている。 その無理の量が、そのまま個性になった。
