ARCHIVE 02
【完全保存版】世界を変えた「静寂」。初代セルシオがドイツ車に突きつけた“源流の精度”という名の暴力
Late 80s - 90s
HERITAGE

【完全保存版】世界を変えた「静寂」。初代セルシオがドイツ車に突きつけた“源流の精度”という名の暴力

1989年、初代セルシオ(LS400)は自動車の歴史を永久に変えた。遮音材で隠すのではなく、音の発生源を断つ「源流対策」。時速240kmでも振動しないV8エンジン。メルセデスを震撼させた品質基準。日本が世界に誇る「静寂」のエンジニアリングを徹底解剖する。

遮音材で隠すのではなく、最初から音を出さない。初代セルシオは「高級車」の定義を、ブランドから精度へと書き換えた。

PILLAR

この系統の背景・系譜は、HERITAGE一覧(Pillar)でまとめて辿れます。

HERITAGE一覧へ戻る

CHAPTER 01

序章:1989年、デトロイトの衝撃

自動車の歴史において、時計の針が止まり、そして再び動き出した瞬間があるとするなら、それは間違いなく1989年のデトロイトだ。 当時の高級車市場、いわゆる「Fセグメント」は、不可侵の聖域だった。メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガー。そこには100年近い歴史と、貴族的な血統を持つブランドだけが座ることを許されていた。 「日本車? ああ、燃費が良くて壊れない、優秀な大衆車だろう」 欧米の誰もがそう思っていた。日本人が作る車は実用品であり、魂を揺さぶるラグジュアリーなど作れるはずがない、と高を括っていたのだ。 しかし、Lexus LS400(日本名:セルシオ)がアンベールされた瞬間、会場の空気は凍りついた。 ボンネットにピラミッド状に積み上げられたシャンパングラス。アクセルを踏み込み、エンジンが時速240km相当まで回転数を上げても、グラスの中のワインは鏡のように静止したままだった。 それは手品でもトリックでもない。日本のエンジニアたちが到達した、物理法則への挑戦状だった。 当時最強と謳われたメルセデス・ベンツSクラスよりも圧倒的に静かで、燃費が良く、それでいて価格はずっと安い。 この「レクサス・ショック」は、単なる新型車の登場劇ではない。極東の島国のエンジニアたちが、欧州の巨人たちに対して「精度の桁が違う」と突きつけた、静かなる宣戦布告だったのだ。

自動車の歴史において、時計の針が止まり、そして再び動き出した瞬間があるとするなら、それは間違いなく1989年1月のデトロイト・モーターショーだ。 当時の高級車市場、いわゆる「Fセグメント」は、欧州勢の独壇場だった。 メルセデス・ベンツ、BMW、ジャガー。 そこには100年近い歴史と、貴族的な血統を持つブランドだけが座ることを許された上座があった。 「日本車? ああ、燃費が良くて壊れない、優秀な大衆車(エコノミーカー)だろう」 欧米の富裕層も、自動車ジャーナリストも、誰もがそう思っていた。 日本人が作る車は実用品であり、魂を揺さぶるラグジュアリーなど作れるはずがない、と高を括っていたのだ。

しかし、トヨタが満を持して立ち上げた新ブランド「Lexus」のフラッグシップ、LS400(日本名:セルシオ)がアンベールされた瞬間、会場の空気は凍りついた。 流されたCM映像が、常識を破壊したからだ。 ボンネットの上に、ピラミッド状に積み上げられたシャンパングラス。 ドライバーがアクセルを踏み込み、エンジンが時速240km相当まで回転数を上げても、グラスの中のワインは鏡のように静止し、波紋ひとつ立たない。 それは手品でもトリックでもない。 日本のエンジニアたちが到達した、物理法則への挑戦状だった。

当時最強と謳われたメルセデス・ベンツSクラス(W1 26)よりも圧倒的に静かで、燃費が良く、空気抵抗が少なく、それでいて価格はずっと安い。 この「レクサス・ショック」は、単なる新型車の登場劇ではない。 極東の島国のエンジニアたちが、100年の歴史を持つ欧州の巨人たちに対して「精度の桁が違う」と突きつけた、静かなる宣戦布告だったのだ。

「レクサス」という名前が必要だった理由

セルシオ/LS400の衝撃は、車単体の完成度だけでは説明しきれない。 日本車が“プレミアム”を名乗るための文法が、当時はまだなかった。 だから新しいブランドが必要になる。 性能を上げるだけではなく、世界の価値観を作り替える。 初代セルシオは、車でありながら「枠組み」を輸出した。

CHAPTER 02

第1章:源流対策 ―― 「後から消す」のではなく「最初から出さない」

初代セルシオの開発(サークルFプロジェクト)において、主査の鈴木一郎氏が掲げたのは、二律背反の打破だった。 当時の高級車開発の定石は、「足し算」である。エンジンがうるさいなら遮音材を厚くする。振動が出るならゴムブッシュを増やす。しかし、それでは車重が増え、燃費と運動性能を殺す悪循環を生む。 鈴木氏はそのトレードオフを断固として拒否した。 「静かだが、速い」「快適だが、燃費が良い」。相反する要素を両立させるために彼らが選んだ道は、修羅の道だった。 「音を消すのではない。そもそも音を出さないのだ」 これが伝説の**「源流対策」**である。 たとえば、プロペラシャフト。回転する棒の重心がわずかでもズレていれば、高速回転時に振動が起きる。従来ならゴムの継ぎ手で振動を吸収するところを、トヨタの技術陣はシャフト自体の加工精度を極限まで高めることで解決しようとした。 許容公差(ズレの許容範囲)は、従来の3分の1、あるいは10分の1。 工場の生産現場からは「そんな精度、実験室ならともかく量産ラインでは不可能だ」と猛反発が起きたという。 しかし開発陣は引かなかった。工作機械そのものを作り直し、ロボットのプログラムを書き換え、職人の感覚を数値化し、「量産できる芸術品」のレベルまで精度を引き上げた。 空力においても同様だ。高速走行時の風切り音を消すために、ボディの表面から段差という段差が消された。 ドアとボディの隙間(チリ)を極限まで詰め、窓ガラスはボディと面一(ツライチ)になるように設計された(フラッシュサーフェス化)。車体底面の凹凸すらカバーで覆い隠した。 その結果、Cd値(空気抵抗係数)は当時のスポーツカーを凌ぐ0.29を達成。 風は車体にぶつかるのではなく、表面を滑るように流れていく。だから、時速100kmで巡航していても、後席の乗員とささやき声で会話ができる。 その異次元の静寂は、分厚い壁で作った静けさではなく、徹底的な「精度の追求」が生んだ副産物だったのだ。

初代セルシオの開発コードは「サークルF(F1プロジェクト)」。 主査の鈴木一郎氏が掲げた目標は、二律背反の打破だった。 当時の高級車開発の定石は、「足し算」である。 エンジンがうるさいなら遮音材を厚くする。 振動が出るならゴムブッシュを増やす。 乗り心地を良くするならサスペンションを柔らかくする。 しかし、それでは車重が増え、燃費と運動性能(スタビリティ)を殺す悪循環を生む。 「静かだが、燃費が悪い」「快適だが、遅い」。 それが常識だった。

鈴木主査はそのトレードオフを断固として拒否した。 「静かだが、速い」「快適だが、燃費が良い」。 相反する要素を両立させるために彼らが選んだ道は、修羅の道だった。 「音を消すのではない。 そもそも音を出さないのだ」 これが伝説の【「源流対策」】である。

たとえば、プロペラシャフト。 エンジンの動力を後輪に伝える回転する棒だが、わずかでも重心がズレていれば、高速回転時に「ブルブル」という振動が起きる。 従来ならゴムの継ぎ手(ジョイント)で振動を吸収して誤魔化すところを、トヨタの技術陣はシャフト自体の加工精度を極限まで高めることで解決しようとした。 許容公差(ズレの許容範囲)は、従来の3分の1、あるいは10分の1。 工場の生産現場からは「そんな精度、実験室のワンオフ品ならともかく、量産ラインでは不可能だ」と猛反発が起きたという。 しかし開発陣は引かなかった。 「できないなら、できる機械を作れ」。 彼らは工作機械そのものを作り直し、ロボットのプログラムを書き換え、職人の感覚を数値化し、「量産できる芸術品」のレベルまで精度を引き上げた。

空力においても同様だ。 高速走行時の風切り音を消すために、ボディの表面から段差という段差が消された。 ドアとボディの隙間(チリ)を極限まで詰め、窓ガラスはボディと面一(ツライチ)になるように設計された(フラッシュサーフェス化)。 車体底面の凹凸すら、世界で初めてフルカバーで覆い隠した。 その結果、Cd値(空気抵抗係数)は当時のスポーツカーをも凌駕する0.29を達成。 風は車体にぶつかるのではなく、表面を滑るように流れていく。 だから、時速100kmで巡航していても、後席の乗員とささやき声で会話ができる。 その異次元の静寂は、分厚い壁で作った静けさではなく、徹底的な「精度の追求」が生んだ副産物だったのである。

静けさは「遮音材」ではなく「設計思想」

高級車の静けさは、しばしば遮音材の量で語られる。 しかし遮音材は、重さという副作用を生む。 セルシオが凄いのは、重くして静かにしたのではなく、最初から“静かな状態”を設計した点だ。 振動源の抑制、剛性の作り方、共振の逃がし方。 静けさが結果ではなく前提になったとき、品質は一段上がる。

CHAPTER 03

第2章:1UZ-FE ―― 絹のように回るV8の正体

セルシオの心臓部に収められた「1UZ-FE」型4.0リッターV8エンジン。これこそが、レクサス神話の主役である。 当時のアメリカ市場におけるV8エンジンといえば、豪快なトルクと引き換えに、振動と熱を撒き散らす「荒くれ者」が相場だった。 そこにトヨタが投入したのは、レーシングカー譲りのオールアルミ製ブロック、DOHC、32バルブという超精密機械だった。 しかし、1UZ-FEが目指したのはピークパワーの数値ではない。「質感」である。 エンジンをかけた瞬間、ドライバーは戸惑うことになる。「あれ? かかったのか?」と。 アイドリング時の振動は皆無に近い。ステアリングにも、シートにも、微動だに伝わらない。タコメーターの針が浮いていることだけが、エンジンが生きている証拠だ。 走り出せば、その印象はさらに強まる。 アクセルを踏み込むと、遠くの方で「フォーン」という、管楽器のようなハミングが聞こえるだけ。爆発音や機械的なノイズは徹底的に濾過されている。 まるで巨大なモーターに弾かれたように、あるいは氷の上を滑るように、車体は無音のまま加速していく。 このフィーリングを実現するために、トヨタはカムシャフトを駆動するタイミングベルトの歯の形状から、プーリーの材質、エンジンマウントの液体封入技術まで、執拗なまでのチューニングを行った。 「シルキー・スムース」という言葉ですら生ぬるい。それは内燃機関の存在を感じさせない、黒子に徹した究極の動力源だった。

セルシオの心臓部に収められた「1UZ-FE」型4.0リッターV8エンジン。 これこそが、レクサス神話の主役であり、内燃機関の歴史に残るオーパーツだ。 当時のアメリカ市場におけるV8エンジンといえば、豪快なトルクと引き換えに、振動と熱を撒き散らす「荒くれ者」が相場だった。 そこにトヨタが投入したのは、レーシングカー譲りのオールアルミ製ブロック、DOHC、32バルブという超精密機械だった。

しかし、1UZ-FEが目指したのはピークパワーの数値ではない。 「質感」である。 エンジンをかけた瞬間、ドライバーは戸惑うことになる。 「あれ? かかったのか?」と。 アイドリング時の振動は皆無に近い。 ステアリングにも、シートにも、微動だに伝わらない。 タコメーターの針が浮いていることだけが、エンジンが生きている証拠だ。

走り出せば、その印象はさらに強まる。 アクセルを踏み込むと、遠くの方で「フォーン」という、管楽器のようなハミングが聞こえるだけ。 爆発音や機械的なノイズは徹底的に濾過されている。 まるで巨大なモーターに弾かれたように、あるいは氷の上を滑るように、車体は無音のまま加速していく。

このフィーリングを実現するために、トヨタはカムシャフトを駆動するタイミングベルトの歯の形状から、プーリーの材質、エンジンマウントの液体封入技術まで、執拗なまでのチューニングを行った。 機械加工の精度は、当時のトヨタ基準のさらに上を行く「レクサス基準」で管理された。 クランクシャフトのジャーナル(軸受)部分は、鏡のように磨き上げられ、摩擦抵抗を極限まで減らしている。 「シルキー・スムース」という言葉ですら生ぬるい。 それは内燃機関の存在を感じさせない、黒子に徹した究極の動力源だった。

CHAPTER 04

第3章:オプティトロンメーター ―― 光の演出と「おもてなし」

セルシオに乗り込んで最初に目を奪われるのが、計器盤である。 キーを捻ると、漆黒の闇の中から、鮮やかな純白の文字と真紅の指針が、ネオンサインのように浮かび上がる。 「オプティトロンメーター(自発光式メーター)」の初採用である。 今でこそ当たり前の装備だが、1989年当時、この演出はSF映画の世界だった。 従来の車のメーターは、昼間はただの印刷された文字盤で、夜になると電球でぼんやりと照らされるだけの計器に過ぎなかった。 しかし、セルシオのメーターは違う。昼も夜も関係なく、冷陰極管(CCFL)のバックライトが鮮やかに情報を映し出す。 それは単に見やすいという機能性の話ではない。「光」を使ったおもてなしの演出だ。 エンジンを切れば、光はスッと消え、闇に戻る。同時にステアリングホイールが自動で奥へ引っ込み、跳ね上がる(オートアウェイ&リターン機能)。 ドライバーが降りやすいように道を空ける、その恭しい動作。 そこには、機械的な冷たさは微塵もない。「オーナーを迎え入れ、送り出す」という、日本の茶道にも通じる精神性が、電子制御の中に息づいていた。 オーナーたちは、ただキーを回すその一瞬のためだけに、この車に乗る喜びを感じたと言っても過言ではない。

セルシオに乗り込んで最初に目を奪われるのが、計器盤である。 キーを捻ると、漆黒の闇の中から、鮮やかな純白の文字と真紅の指針が、ネオンサインのように浮かび上がる。 世界初の「オプティトロンメーター(自発光式メーター)」の初採用である。

今でこそ当たり前の装備だが、1989年当時、この演出はSF映画の世界だった。 従来の車のメーターは、昼間はただの印刷された文字盤で、夜になると電球でぼんやりと照らされるだけの計器に過ぎなかった。 しかし、セルシオのメーターは違う。 昼も夜も関係なく、冷陰極管(CCFL)のバックライトが鮮やかに情報を映し出す。 それは単に見やすいという機能性の話ではない。 「光」を使ったおもてなしの演出だ。

エンジンを切れば、光はスッと消え、闇に戻る。 同時にステアリングホイールが自動で奥へ引っ込み、跳ね上がる(オートアウェイ&リターン機能)。 ドライバーが降りやすいように道を空ける、その恭しい動作。 そこには、機械的な冷たさは微塵もない。 「オーナーを迎え入れ、送り出す」という、日本の茶道にも通じる精神性が、電子制御の中に息づいていた。 オーナーたちは、ただキーを回すその一瞬のためだけに、この車に乗る喜びを感じたと言っても過言ではない。 シートの革も、ステアリングの木目も、スイッチの押し心地も、すべてがこの「静謐な世界」を壊さないために統一されていた。

CHAPTER 05

第4章:打倒メルセデス ―― ドイツ車を変えた日

LS400のプロトタイプがドイツに持ち込まれた時、メルセデス・ベンツとBMWの開発拠点はパニックに陥ったと言われている。 彼らはLS400を分解し、部品一つ一つを検証した。そして絶望した。 「溶接の継ぎ目が見えない」「木目の合わせが完璧すぎる」「スイッチの押し心地が全て統一されている」。 自分たちが「プレミアム」として高く売っている車よりも、はるかに高い精度で作られている車が、はるかに安い価格で売られようとしている。 当時、メルセデスは「最善か無か」を掲げ、次期Sクラス(W140型)の開発最終段階にあった。 しかし、LS400の衝撃があまりに大きかったため、彼らは発表の延期を余儀なくされた。 急遽、二重窓(ダブルガラス)を採用し、静粛性を強化し、装備を見直すことになったのだ。その結果、W140は過剰に重く、巨大な車になってしまったという逸話は有名だ。 つまり、世界王者メルセデスの設計思想を、極東の新参者がねじ曲げてしまったのである。 BMWもまた、製造品質の基準(公差)を根本から見直した。 アウディも内装の質感を劇的に向上させた。 今日の私たちが享受している欧州車の「緻密な組み立て品質」や「チリの合ったボディ」は、元を正せばレクサスLS400という黒船がもたらした危機感のおかげなのだ。 セルシオは、ただ売れただけではない。世界の高級車の「基準(ベンチマーク)」を、一夜にして書き換えてしまったのだ。

LS400のプロトタイプがドイツに持ち込まれた時、メルセデス・ベンツとBMWの開発拠点はパニックに陥ったと言われている。 彼らはLS400を分解(ティアダウン)し、部品一つ一つを検証した。 そして絶望した。 「溶接の継ぎ目が見えない」「木目の合わせが完璧すぎる」「スイッチの押し心地が全て統一されている」。 自分たちが「プレミアム」として高く売っている車よりも、はるかに高い精度で作られている車が、はるかに安い価格で売られようとしている。

当時、メルセデスは「最善か無か」を掲げ、次期Sクラス(W140型)の開発最終段階にあった。 しかし、LS400の衝撃があまりに大きかったため、彼らは発表の延期を余儀なくされた。 急遽、二重窓(ダブルガラス)を採用し、静粛性を強化し、装備を見直すことになったのだ。 その結果、W140は過剰に重く、巨大な車になってしまったという逸話は有名だ。 つまり、世界王者メルセデスの設計思想を、極東の新参者がねじ曲げてしまったのである。

BMWもまた、製造品質の基準(公差)を根本から見直した。 アウディも内装の質感を劇的に向上させた。 今日の私たちが享受している欧州車の「緻密な組み立て品質」や「チリの合ったボディ」は、元を正せばレクサスLS400という黒船がもたらした危機感のおかげなのだ。 セルシオは、ただ売れただけではない。 世界の高級車の「基準(ベンチマーク)」を、一夜にして書き換えてしまったのだ。

CHAPTER 06

第5章:10万キロ後の真価 ―― 過剰品質という遺産

初代セルシオの恐ろしさは、新車の時だけではない。 「10万キロ走っても、新車の時のフィールが変わらない」 これはレクサスが掲げた目標であり、実際に達成された伝説である。 「新車が最高」なのは当たり前だ。しかし、当時のアメ車やイタ車は、数年で塗装が禿げ、内装が軋み、電装系が死ぬのが日常だった。 レクサスはそれを「資産」に変えようとした。 塗装工程では、塗っては焼き、塗っては磨く「中研ぎ」を繰り返すことで、鏡のような深みを実現した。これは単なる美観のためではない。酸性雨や強い紫外線に晒されても、10年は艶を失わないための防御策だった。 内装のレザーシートは、何万回もの乗降テストに耐える厳選された革を使用し、ウッドパネルは楽器メーカーのヤマハが加工を担当した。 その結果、何が起きたか。 北米では今、「100万マイル(約160万キロ)を走破したLS400」が現役で走っている。 基本的なメンテナンスさえしていれば、1UZエンジンは壊れない。電装系もイカれない。ダッシュボードもひび割れない。 ジャガーやマセラティが「壊れるのも愛嬌」とうそぶいていた時代に、レクサスは「退屈なほど壊れない」という新しい価値観を植え付けた。 砂漠の真ん中でも、真冬の極寒の地でも、キーを回せば必ずエンジンがかかり、快適に家に帰れる。 この「圧倒的な信頼性(Reliability)」こそが、本当の意味でのラグジュアリーであると、世界中の富裕層が気づいてしまったのだ。

初代セルシオの恐ろしさは、新車の時だけではない。 「10万キロ走っても、新車の時のフィールが変わらない」 これはレクサスが掲げた目標であり、実際に達成された伝説である。

「新車が最高」なのは当たり前だ。 しかし、当時のアメ車やイタ車は、数年で塗装が禿げ、内装が軋み、電装系が死ぬのが日常だった。 レクサスはそれを「資産」に変えようとした。 塗装工程では、塗っては焼き、塗っては磨く「中研ぎ」を繰り返すことで、鏡のような深みを実現した。 これは単なる美観のためではない。 酸性雨や強い紫外線に晒されても、10年は艶を失わないための防御策だった。 内装のレザーシートは、何万回もの乗降テストに耐える厳選された革を使用し、ウッドパネルは楽器メーカーのヤマハが加工を担当した。

その結果、何が起きたか。 北米では今、「100万マイル(約160万キロ)を走破したLS400」が現役で走っている。 基本的なメンテナンスさえしていれば、1UZエンジンは壊れない。 電装系もイカれない。 ダッシュボードもひび割れない。 ジャガーやマセラティが「壊れるのも愛嬌」とうそぶいていた時代に、レクサスは「退屈なほど壊れない」という新しい価値観を植え付けた。 砂漠の真ん中でも、真冬の極寒の地でも、キーを回せば必ずエンジンがかかり、快適に家に帰れる。 この「圧倒的な信頼性(Reliability)」こそが、本当の意味でのラグジュアリーであると、世界中の富裕層が気づいてしまったのだ。

“過剰”は、時間が経つほど正義になる

新車時の感動は、どの高級車にもある。 だが10万kmの後に差が出る。 内装のきしみ、スイッチの節度、ドアの閉まり方。 そこで崩れないために、セルシオは過剰に作られている。 過剰品質は浪費に見えるが、時間が経つほど資産になる。 初代セルシオが中古でも語られる理由は、ここにある。

CHAPTER 07

結論:日本的モノづくりの頂点

初代セルシオ(UCF10/11)は、バブル経済という、日本が最も豊かで、最も野心的だった時代が生んだ「オーパーツ(場違いな工芸品)」である。 開発費に上限はなく、エンジニアの理想を阻むものは何もなかった。「コストダウン」という言葉が幅を利かせる前の、古き良き時代の最後の徒花かもしれない。 現代のレクサスLSは、より速く、より安全で、ハイテクの塊になった。 しかし、初代セルシオのドアを閉めた時の、あの金庫のような「バスッ」という密閉音。 指一本で回せるステアリングの、油の中に浮いているような滑らかさ。 路面の継ぎ目を「トン」と一度でいなす、魔法のような乗り心地。 これらが生み出す独特の「凄み」は、現代の車からは失われてしまった感覚かもしれない。 今の車はマーケティングと効率で作られている。しかし、初代セルシオは「執念」で作られていた。 もしあなたが、運良く程度の良い初代セルシオに出会うことがあれば、迷わずそのドアを開けてみてほしい。 そこには、日本の技術者たちが世界に向かって 「我々はここまでやれるのだ。どうだ、参ったか」 と高らかに叫んだ、誇り高き魂が今も静かに息づいている。 それは単なる中古車ではない。 日本が世界に勝利した証であり、二度と作ることのできない、走る国宝なのである。

初代セルシオ(UCF10/ 11)は、バブル経済という、日本が最も豊かで、最も野心的だった時代が生んだ「オーパーツ(場違いな工芸品)」である。 開発費に上限はなく、エンジニアの理想を阻むものは何もなかった。 「コストダウン」という言葉が幅を利かせる前の、古き良き時代の最後の徒花かもしれない。

現代のレクサスLSは、より速く、より安全で、ハイテクの塊になった。 しかし、初代セルシオのドアを閉めた時の、あの金庫のような「バスッ」という密閉音。 指一本で回せるステアリングの、油の中に浮いているような滑らかさ。 路面の継ぎ目を「トン」と一度でいなす、魔法のような乗り心地。 これらが生み出す独特の「凄み」は、現代の車からは失われてしまった感覚かもしれない。

今の車はマーケティングと効率で作られている。 しかし、初代セルシオは「執念」で作られていた。 もしあなたが、運良く程度の良い初代セルシオに出会うことがあれば、迷わずそのドアを開けてみてほしい。 そこには、日本の技術者たちが世界に向かって 「我々はここまでやれるのだ。 どうだ、参ったか」 と高らかに叫んだ、誇り高き魂が今も静かに息づいている。 それは単なる中古車ではない。 日本が世界に勝利した証であり、二度と作ることのできない、走る国宝なのである。

初代セルシオの価値は、過去の栄光ではない。 「当たり前の基準」を底上げしたことだ。 静粛性、剛性、品質、そして信頼。 いまの高級車が当然のように持つ要素は、誰かが先に過剰にやって成立する。 セルシオは、その“先にやる役”を背負ってしまった。 だから今も、工業製品としての頂点の一つとして語られる。

KEY MODELS

登場車

車種DBへ