ARCHIVE 02
【完全保存版】世界最小のスーパーカーたち。AZ-1、ビート、カプチーノが駆け抜けた「64馬力の狂乱」
1991–1995
HERITAGE

【完全保存版】世界最小のスーパーカーたち。AZ-1、ビート、カプチーノが駆け抜けた「64馬力の狂乱」

1990年代、日本には「世界最小のスーパーカー」があった。ガルウィングのAZ-1、3連スロットルのビート、本格FRのカプチーノ。バブル経済とエンジニアの夢が生んだ奇跡の軽スポーツ「ABCトリオ」の全貌を、熱く語り尽くす。

排気量は660cc。全長は3.3m。しかし、その中身はF1であり、グループCカーであり、GTカーだった。

PILLAR

この系統の背景・系譜は、HERITAGE一覧(Pillar)でまとめて辿れます。

HERITAGE一覧へ戻る

CHAPTER 01

序章:ガラパゴスの奇跡

1990年代初頭、日本独自の「軽自動車規格」の中で奇跡が起きた。全長3.3m、660ccの枠内に、F1やグループCカーの技術を詰め込む狂気。バブル経済が生んだ「平成ABCトリオ」は、世界中のどこにもないミニチュア・スーパーカーだった。

1990年代の日本には、いま振り返っても説明が難しいほどの「余白」があった。 景気の熱、若い市場、そして“車が文化の中心にいた”という空気だ。 その余白が、世界のどこにもない方法で結晶したのが、軽自動車のスポーツカーというジャンルだった。

軽は小さくて安い。 本来はそういう乗り物だ。 ところが当時のエンジニアは、その枠の中にスーパーカーの論理を入れようとした。 全長3.3m前後、660cc、そして最高出力64馬力というレギュレーションの中で、何を削り、何を残すと「速い」より先に「楽しい」が生まれるのか。 平成ABCトリオ――Autozam AZ-1、Honda Beat、Suzuki Cappuccinoは、その実験の回答集である。

年表(ざっくり)

  • 1976:軽が360cc→550ccへ(“余裕”が生まれ始める)
  • 1990:軽が550cc→660ccへ(現代に繋がる枠が固まる)
  • 1991-1992:ABCトリオが相次いで登場(軽に“スポーツの本気”が入る)
  • 1990年代半ば:景気と安全基準の空気が変わり、異常な自由度は終わっていく
  • 現在:軽スポーツは残ったが、同じ“過激さ”は再現しにくい

660ccという“設計ゲーム”

軽自動車規格は、車体寸法と排気量を厳密に縛る。 つまり軽スポーツは「大きくできない」「排気量も増やせない」前提で勝負が始まる。 だから工夫の方向が、自然とシャシー、重量配分、操作系、そして“回して楽しい速度域”へ寄っていく。 足し算で勝てないから、引き算と最適化で勝つしかない。 この制約が、結果的に“人間の感覚に近いスポーツカー”を生みやすかった。

もう一つ、64馬力という上限の存在が大きい。 パワー競争が封じられると、メーカーは別の場所で勝負する。 回転の気持ちよさ、ステアリングの手触り、乗り味の密度、そしてデザインの説得力。 ABCトリオは、まさにそこを競い合った。 同じ規格の中で思想が割れ、キャラクターが立ち上がったこと自体が、すでに奇跡なのだ。

この特集のキーワード

  • 軽スポーツ / 平成ABCトリオ / 660cc / 64馬力
  • ミッドシップ(MR)とFRの作り分け
  • “使い切る快感”という速度の別尺度
  • 安全・コストの壁が来る前の、最後の遊び

3台の共通点と、決定的な違い

共通点は明快だ。 サイズが小さく、パワーは控えめで、速度域は現実的。 だから「操作」そのものが主役になる。

一方で違いは、設計の思想に出る。 AZ-1は、レーシングカーのように骨格から尖らせ、MRの刃で勝負した。 ビートは、NAの応答と回転の官能を磨き、日常速度域での密度を最大化した。 カプチーノは、王道のFRとオープンで、“縮尺を変えたスポーツカー”を成立させた。 同じ箱の中に、三つの答えが入っている。 だからABCは、読み物として強い。

CHAPTER 02

Autozam AZ-1:公道を走るグループCカー

ガルウィングは飾りではない。スケルトンフレームにFRPボディを被せた構造は、レーシングカーそのものだ。究極の回頭性と引き換えに手に入れた「未亡人製造機」という危うさ。マツダとスズキの合作が生んだ、最も過激な失敗作にして最高傑作。

ABCトリオの中で、いちばん“危険な香り”を帯びているのがAZ-1だ。 ガルウィングという見た目は派手だが、本質はそこではない。 AZ-1の狂気は、骨格からして量産軽の常識を外れている点にある。

スチールのスケルトンフレームにFRPの外板を被せる構造は、レーシングカーの発想に近い。 ミッドシップに小さなターボエンジンを抱え、短いホイールベースで向きを変える。 運転席のすぐ後ろで機械が仕事をしている、という“情報量”が濃い。 だから、少しの入力がそのまま姿勢変化として返ってくる。 良くも悪くも、車が誤魔化さない。

「軽のMR」が持つ刃

ミッドシップは、理屈としては理想に近い。 前後の重量配分が整い、旋回の入りが鋭くなる。 しかし軽の寸法でMRをやると、反応はさらに極端になる。 短いホイールベース、軽い前輪、そしてリアに寄った重さ。 この条件が揃うと、車は“曲がる”というより“向きが変わる”。

速度が上がるほど、AZ-1は美味しくなる。 けれど限界の向こう側も近い。 「未亡人製造機」という不名誉な異名が付いたのは、性能が低いからではない。 “反応が正直すぎる”からだ。 小さなミッドシップは、上手い人には魔法の刃になる。 雑な人には、ただの刃物になる。 AZ-1は、その怖さごと含めて、当時の日本が許した最も過激な軽スポーツだった。

バブルの余白が許した“無駄のかっこよさ”

合理だけで言えば、AZ-1は選ばれにくい。 室内は狭く、乗降もスマートではない。 それでも存在が許されたのは、無駄がかっこよかった時代だからだ。 ガルウィングは実用の工夫でありながら、同時に「この車は普通ではない」という宣言でもある。 小さな車に大げさな仕掛けを載せる。 その過剰こそが、AZ-1を文化にした。

加えて、AZ-1の周辺には“兄弟車”の物語もある。 同じ骨格や思想が別ブランドで語られ、別の市場へ出ていく。 この時代の日本車は、企画と販売チャネルが複雑で、だからこそ実験ができた。 AZ-1は、車そのものだけでなく「当時の作り方」まで含めて読み解くと面白い。

AZ-1を語るとき外せない視点

  • ガルウィングは演出ではなく「狭いボディでの乗降」の解決策でもある
  • 骨格の発想が“量産車”というより“競技車”に近い
  • 短いホイールベースとMRは、入力の丁寧さを要求する

CHAPTER 03

Honda Beat:本田宗一郎が見た最後の夢

軽なのに独立3連スロットル(MTREC)。8,500回転まで突き抜けるNAエンジン。ビートは速さではなく「レスポンス」を極めたミニNSXだった。本田宗一郎が最後に送り出した、ドライバーと車が直結する快感の塊。

ビートの魅力は、スペックの数字に出にくい。 なぜならビートは、最高速や加速の速さではなく、レスポンスと回転の気持ちよさを最優先しているからだ。 軽スポーツの定石がターボ化だった時代に、ホンダはNAで勝負した。 その判断が、いま読むほど贅沢に見える。

独立3連スロットル(MTREC)の仕立ては、空気を吸う音まで含めて“エンジンが生きている”感覚を作る。 アクセルを踏んだ瞬間の反応が、ターボ車と違う。 踏んだ分だけ回り、回った分だけ音と振動が増え、そして運転が忙しくなる。 この忙しさこそが、ビートの快楽の正体だ。

速さではなく「会話」を作る

ビートは、数字上は速くない。 だが“会話”は濃い。 アクセル、シフト、ハンドル、車体の揺れ。 入力と返答の時間差が小さいほど、人はそれを「操っている」と感じる。 ビートはそれを、軽の速度域で成立させた。 速いから楽しいのではなく、楽しいから速く感じる。 この順番を、ビートは教えてくれる。

さらにビートは、ミッドシップにしてオープンという、普通なら成立させにくい組み合わせを量産でやり切っている。 ボディ剛性の確保、足まわりの仕事、そして日常速度域で“曲がること”を気持ちよく見せる味付け。 ビートはミニNSXのように語られがちだが、正確には「NSXが提示した考え方を、軽の速度域へ降ろした実験」と言った方が近い。 速くはない。 だが、常に回して遊べる。 それがビートを特別にする。

“最後の夢”が残したもの

本田宗一郎の名前が、ビートと一緒に語られることが多い。 それは神話の補強ではなく、この車が「ホンダらしさ」を濃縮しているからだ。 エンジンを回す快感を、最小の枠で成立させる。 ドライバーの操作を、車の反応に直結させる。 スポーツカーを、日常で使える場所へ降ろす。 ビートは、小さいのに思想が大きい。 このギャップが、時間が経つほど魅力になる。

ビートの快感が生まれる理由

  • NA+高回転で“踏んだ瞬間の応答”が濁らない
  • 回す行為そのものが運転体験になる
  • 速度が出ないからこそ、日常で“全開に近い操作”ができる

CHAPTER 04

Suzuki Cappuccino:小さなFRの巨人

奇をてらわず、王道をいく。ロングノーズ・ショートデッキ、FRレイアウト、ダブルウィッシュボーン。カプチーノは「縮尺1/2の本格GTカー」だった。3分割ルーフで形態を変え、ターボパワーでサーキットを駆ける小さな巨人。

カプチーノは、ABCの中で最も「王道」だ。 ロングノーズ・ショートデッキのFR。 ダブルウィッシュボーンの足。 ターボで元気を出し、軽い車体でリズムよく走る。 縮尺を半分にしたライトウェイトスポーツが、教科書どおりに成立している。

面白いのは、カプチーノが“オープンの楽しさ”を機構として複数用意したことだ。 ルーフは3分割でき、タルガにも、フルオープンにも、クーペ的にも変えられる。 天気や気分で車の性格が変わる。 この「変身」が、所有体験を豊かにした。

FRという「学習装置」

FRであることは、運転の学習にも効く。 荷重がどう移動し、タイヤがどう仕事をし、アクセルで姿勢がどう変わるのか。 カプチーノはそれを分かりやすく教える。 大きなパワーで誤魔化さないから、ドライバーの丁寧さがそのまま結果になる。 そして丁寧な操作が、そのまま気持ちよさに変換される。 この“分かりやすさ”は、スポーツカーの普遍的な価値だ。

派手さで語られがちなABCの中で、カプチーノは“長く付き合える強さ”を持っていた。 だから今も、軽スポーツの入口として語られることが多い。 「軽だから」ではなく、「スポーツカーの基礎があるから」残った。 ここが重要だ。

カプチーノが「王道」になれた要素

  • FRのバランスが作る素直な旋回
  • ルーフ機構が「所有の気分」を変える
  • ターボの扱いが、日常速度域でちょうどいい

CHAPTER 05

第4章:64馬力の意味 ―― 規制が生んだ「使い切る快感」

パワーがないことは欠点ではない。街中の交差点でレッドゾーンまで回せる、その「使い切る快感」こそが最大の魅力だ。恐怖を感じる手前のスイートスポットで遊べる全能感は、スーパーカーにはない特権である。

64馬力は、足りない。 そう言い切るのは簡単だ。 だが軽スポーツが示したのは、パワー不足が“体験の質”として反転する瞬間がある、ということだ。

パワーが大きい車は、速度が上がるほど気持ちいい。 しかし公道では、その美味しい領域が遠い。 軽スポーツは逆で、交差点の立ち上がりや、短い直線ですら“回して遊べる”。 アクセル開度、シフト操作、ステアリング、そして体重移動。 ドライバーがやることが多いほど、車は楽しく感じる。 64馬力は、その忙しさを日常へ引きずり下ろすための制約だった。

「恐怖の少し手前」で遊べる特権

もう一つ重要なのは、危険な速度に到達する前に“限界の輪郭”が分かる点だ。 スーパーカーの限界は、たどり着く前に免許が尽きる。 軽スポーツは、恐怖の少し手前で、タイヤとサスの仕事が見える。 だから上手くなるし、上手くなった気にもなれる。 この「上達の手触り」が、平成ABCトリオを単なる懐古にしない。

そして64馬力は、設計にも正直さを強制する。 重くできない。 太いタイヤにも頼れない。 だからメーカーは、曲がり方、ブレーキの効き方、視界や姿勢の作り方まで“気持ちよさ”へ寄せる。 規制が足かせではなく、音楽のリズムのように作用した。 ABCトリオは、そのリズムを最も楽しんだ世代だ。

CHAPTER 06

結論:二度と訪れない「奇跡の夏」

安全基準とコストの壁により、このような車は二度と作れない。ABCトリオは、日本が最も車を愛していた時代の証言者だ。窮屈なコックピットに詰まっているのは、不便さと引き換えにした世界最大級のエンターテインメントである。

安全基準、コスト、そして市場の空気。 どれか一つでも変われば、AZ-1もビートもカプチーノも、同じ形では生まれない。 だからこそABCトリオは、時代の証言者として価値がある。

そして、彼らが残した最大の遺産は「速さの定義」を増やしたことだ。 速い=馬力、ではない。 小さくても、遅くても、運転は濃くできる。 日本の軽規格というガラパゴスの枠の中で、エンジニアたちはそれを証明した。

現代の軽スポーツが、快適で、安全で、そして少し大人しく見えるのは、時代が変わった証拠でもある。 だからこそ、当時のABCトリオは眩しい。 一台一台が“やりすぎ”で、同時に“ちゃんと量産車”でもあった。 その矛盾が、いまも文章の芯になる。

そして忘れてはいけないのは、ABCが残したのは「車」だけではないことだ。 小さな車で、どれだけ真剣に遊べるか。 制約があるほど、工夫が美しくなること。 速さより先に、操作が楽しいという価値があること。 平成ABCトリオは、それらを一気に世に示した。 窮屈なコックピットに詰まっているのは、不便さではない。 “濃い楽しさ”という、最も贅沢なエンターテインメントである。

KEY MODELS

登場車

車種DBへ